前回、パサイを滅ぼしたので、今回はその続きからになります。
目次
- 第一次スンダ征服戦争
- 4つ目のアイデアグループ取得
- マカッサル征服戦争
- バガルユンのスンダ征服戦争参戦要請を拒否
- 第二次スンダ征服戦争
- リゴールの参戦要請も拒否
- 第一次バガルユン征服戦争
- 第二次バガルユン征服戦争
- オスマンとの同盟
- 5つ目のアイデアグループ取得
- 第三次バガルユン征服戦争
- マラヤに変態!
- 第一次ブルネイ征服戦争
- 6つ目のアイデアグループ取得
- クメール=ラーンナー防衛戦争
- 第二次ブルネイ征服戦争
- 第二次クメール=ラーンナー防衛戦争開戦
- 第三次ブルネイ征服戦争
- あとがき
第一次スンダ征服戦争
パサイ征服後、しばらく反乱軍に悩まされましたが、40年ぐらいかかってやっと落ち着いてきたので次の戦争を始めることにしました。
ということで1583年12月13日、ジャワ島全土を支配したスンダに戦争を仕掛けます。
ちなみに今回もブルネイが参戦してくるのが、非常に厄介です。
開戦早々に同盟国のバガルユンと共同でスンダ軍を撃破。
速攻で全土占領しました。
ブルネイが出張ってくる前に取れる領土を取って和平。
サクッと戦争を終わらせました。
4つ目のアイデアグループ取得
スンダ戦後、4つ目のアイデアグループを取得しました。
今回は軍質アイデアを取得しています。
人的資源が少ない感じがしたので、質でカバーだ!ってつもりで取ったのですが、なんか数を補うためのアイデアではないみたいですね。
正直、防御や攻勢のアイデアを取った方がよかったかなぁって感じがしてます。
マカッサル征服戦争
第一次スンダ戦後、小国マカッサルが弱体したスンダから領土を掠め取っていました。
スンダとは停戦期間が明けていないので戦争できませんが、マカッサルとは戦争できるのでマカッサルをスンダから奪った領土ごと併合することにしました。
今回はブルネイも絡んでこなかったので楽勝でした。
ってことで、この戦争で画像の赤丸の部分の土地を得ました。
バガルユンのスンダ征服戦争参戦要請を拒否
マカッサル戦終了直後にバガルユンからのスンダ征服戦争の賛成要請が来ました。
スンダの同盟国にクメールがついており、クメールと戦う場合はマラッカが矢面に立つことになるってことと、そろそろバガルユンと手を切って逆に占領する時期かなぁと思っていたので参戦拒否することにしました。
第二次スンダ征服戦争
1609年2月2日、バガルユンに領土を取られて残り3プロヴィになっていたスンダにとどめを刺すことにしました。
この戦争で下の画像の赤丸の部分を得ました。
リゴールの参戦要請も拒否
もう一つの同盟国であるリゴールからもクメール戦の参加要請が来ましたがこれも拒否しました。
この時はスンダ戦後で反乱軍が鬱陶しかったこともあり拒否しました。
というか、クメールと組めないかなぁと模索していた時期なんですよね。
第一次バガルユン征服戦争
1619年7月2日、バガルユンに宣戦布告しました。
ちょうどバガルユンの同盟国であるラーンナーが参戦しないタイミングで仕掛けることが出来ました。
バガルユンとは国力差があるのでタイマンなら特に負けることはありませんでした。
ってことで全土占領して、
和平しました。
とりあえず陸路でのルート確保と金の産出地の確保を意識して領土を取ったら国境線が汚くなったけど、どうせ全部取るつもりなのでいいよね。
第二次バガルユン征服戦争
1639年7月1日、停戦明けを待ってまた宣戦布告しました。
なんかアユタヤと同盟してるらしいです。
ってか併合されたはずなのに復活してるしw
ちなみに両国とも死にかけの国家なので、特に抵抗もなく全土占領。
まずアユタヤから和平しましたが、領土は国境が離れていて管理が面倒なので取らずに賠償金とか交易力をもらいました。
バガルユンは全土併合できると思いましたが1プロヴィだけ戦勝点が足りなくて出来ませんでした。
ってことでバガルユンはこのバンガって島で1プロヴィ国家になりました。
この真ん中の黄色い島ですね。
オスマンとの同盟
バガルユンとの同盟破棄後、まともな同盟先がいなかったのですが、やっといい感じの同盟先が見つかりました。
オスマン先輩ですw
しかもオスマンとは結構距離が離れているのですが、宗教が同じなので婚姻まで出来ました。
婚姻できると関係改善の手間が省けるので楽です。
それにしても、この同盟はかなり有難いです。
今後来るであろう欧州列強にたいして抑止力になると思います。
5つ目のアイデアグループ取得
第二次バガルユン戦後、5つ目のアイデアグループを取得しました。
5つ目は人文アイデアを取りました。
反乱が鬱陶しかったので、取ってみた感じです。
第三次バガルユン征服戦争
1659年1月1日、これまた停戦明けを待って宣戦布告しました。
アユタヤが参戦するのも前と一緒で、戦争の経過もほぼ前と同じでした。
今回もアユタヤから先に和平しましたが、今回は領土を割譲しました。
下の画像真ん中のメルキーってとこですね。
ここに要塞建てれば大陸から来る敵を足止めできるかなぁと思って取ってみました。
で、この後バガルユンを併合しました。
マラヤに変態!
後はボルネオ島を取るだけだ!って思っていたのですが、、、
なんかマラヤが形成できるようになってました。
先の戦争でスマトラ島を征服したので形成条件を満たしたみたいです。
ってことでポチっとな!
マラヤになりました!
第一次ブルネイ征服戦争
その後、ブルネイが持っているマラヤ領取得のため、1683年9月1日、クメールとルソン島にあるトンドという国と共にブルネイ、リゴール、スールー同盟に宣戦布告しました。
ブルネイとは戦力的にはほぼ互角でしたが、こちらには収入的に余裕があったので、今回は傭兵を多用しました。
戦争の経緯
陸上戦については数回の敗北はあったものの、概ね有利に進めて占領地を増やしましたが、海戦で敗北寸前まで追い込まれました。
相手の倍の隻数で始めましたが、何故か一方的にやられました。
で、この海戦で敗北する寸前に和平しましたw
戦果はブルネイからマラヤへ2プロヴィ、リゴールからクメールに1プロヴィ割譲させました。
一応戦争には勝ちましたが、死傷者と失った船は圧倒的にこちらの方が多いですね。
人的資源も尽きていますし、船もかなり失ったので再建が大変そうです。
6つ目のアイデアグループ取得
第一次ブルネイ戦後、6つ目のアイデアグループを取得しました。
6つ目は統治アイデアを取りました。
傭兵関係の費用軽減が、この後結構役立った感じがしてます。これは割といい時期に取れたかなぁと思いました。
クメール=ラーンナー防衛戦争
ブルネイとの停戦中に同盟国のクメールがラーンナーに宣戦布告されました。
この戦争はこちらに来た敵を追い払うくらいでかなり受け身で戦ってましたね。
この後ブルネイ戦をしたいので、被害を押さえるように戦ってました。
で、この戦争中に今度はトンドが宣戦布告されました。
流石にこの状態でカスティーリャと戦う余裕はないので参戦拒否しましたw
クメール=ラーンナー戦和平
この後、クメール=ラーンナー戦が終わりました。
だいぶ攻められていた感じがするのですが、なんか勝ったみたいですね。
良かった良かったw
第二次ブルネイ征服戦争
1697年11月2日、ブルネイとの停戦明けを待って再度宣戦布告しました。
今回は海軍の再建が間に合っていないので、基本的に陸戦のみでケリを付けました。
ブルネイは、前回領土を奪ったこともあってかなり弱体化しており、今回はあまり苦戦することはありませんでした。
ということで、6プロヴィ程割譲して和平しました。
あと1戦で全てのマラヤ領を回収出来そうです。
第二次クメール=ラーンナー防衛戦争開戦
先の戦争後すぐにクメールがまたラーンナーに宣戦布告されました。
今回もほぼ傍観していたのですが、クメールがボコボコにされてました。
後半90部隊くらいの敵がこちらに攻めてきましたが、本格的に侵攻される前にクメールが和平したので何とか助かりました。
で、この戦争の結果、クメールはかなりの領土を持っていかれたみたいです。
第三次ブルネイ征服戦争
1715年6月2日、今回も停戦明けを待って宣戦布告しました。
まあ、この戦争はほぼ消化試合なので一歩的に占領して、ボルネオ島とスラウェシ島の領土を割譲できる戦勝点を貯めたところで和平しました。
これで一通りマラヤ領の回収が完了しました!
あとがき
今回やっとマラヤになって一通り領土も獲得しましたが、本当は1600年代には完了させておきたかったので、かなり遅れてしまった感じがあります。
ここから目標のヨーロッパ領土の獲得が出来るかどうかは分かりませんが、やれるところまでやってみようと思います。
ということで、今回はここまでです。
動画も作成しましたので、見て頂けると有難いです。
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以上