ヘケケの模索生活

ゲーム関係のことを書いています。ストラテジーやシミュレーション系のゲームが好きなのでそういったゲームの記事が中心です。unityを使ったアプリ開発や一人海外旅行をした時のこともたまに書いたりします。

【EU4】ヨーロッパ諸国に対抗できる国を作る練習プレイ【AAR】マラッカ #2

前回、パサイを滅ぼしたので、今回はその続きからになります。

 

目次

 

第一次スンダ征服戦争

パサイ征服後、しばらく反乱軍に悩まされましたが、40年ぐらいかかってやっと落ち着いてきたので次の戦争を始めることにしました。

 

ということで1583年12月13日、ジャワ島全土を支配したスンダに戦争を仕掛けます。

第一次スンダ征服戦争

第一次スンダ征服戦争

ちなみに今回もブルネイが参戦してくるのが、非常に厄介です。

 

開戦早々に同盟国のバガルユンと共同でスンダ軍を撃破。

速攻で全土占領しました。

スンダ全土占領

スンダ全土占領

ブルネイが出張ってくる前に取れる領土を取って和平。

第一次スンダ戦死傷者数

第一次スンダ戦死傷者数

スンダとの和平

スンダとの和平

サクッと戦争を終わらせました。

 

4つ目のアイデアグループ取得

スンダ戦後、4つ目のアイデアグループを取得しました。

今回は軍質アイデアを取得しています。

4つ目のアイデアグループ取得

4つ目のアイデアグループ取得

人的資源が少ない感じがしたので、質でカバーだ!ってつもりで取ったのですが、なんか数を補うためのアイデアではないみたいですね。

正直、防御や攻勢のアイデアを取った方がよかったかなぁって感じがしてます。

 

マカッサル征服戦争

第一次スンダ戦後、小国マカッサルが弱体したスンダから領土を掠め取っていました。

 

スンダとは停戦期間が明けていないので戦争できませんが、マカッサルとは戦争できるのでマカッサルをスンダから奪った領土ごと併合することにしました。

マカッサル征服戦争

マカッサル征服戦争

今回はブルネイも絡んでこなかったので楽勝でした。

 

ってことで、この戦争で画像の赤丸の部分の土地を得ました。

マカッサル戦の戦果

マカッサル戦の戦果

 

バガルユンのスンダ征服戦争参戦要請を拒否

マカッサル戦終了直後にバガルユンからのスンダ征服戦争の賛成要請が来ました。

 

スンダの同盟国にクメールがついており、クメールと戦う場合はマラッカが矢面に立つことになるってことと、そろそろバガルユンと手を切って逆に占領する時期かなぁと思っていたので参戦拒否することにしました。

バガルユンからの参戦要請を拒否

バガルユンからの参戦要請を拒否

 

第二次スンダ征服戦争

1609年2月2日、バガルユンに領土を取られて残り3プロヴィになっていたスンダにとどめを刺すことにしました。

第二次スンダ征服戦争

第二次スンダ征服戦争

この戦争で下の画像の赤丸の部分を得ました。

第二次スンダ戦の戦果

第二次スンダ戦の戦果

 

リゴールの参戦要請も拒否

もう一つの同盟国であるリゴールからもクメール戦の参加要請が来ましたがこれも拒否しました。

リゴールの参戦要請も拒否

リゴールの参戦要請も拒否

この時はスンダ戦後で反乱軍が鬱陶しかったこともあり拒否しました。

というか、クメールと組めないかなぁと模索していた時期なんですよね。

 

第一次バガルユン征服戦争

1619年7月2日、バガルユンに宣戦布告しました。

ちょうどバガルユンの同盟国であるラーンナーが参戦しないタイミングで仕掛けることが出来ました。

第一次バガルユン征服戦争

第一次バガルユン征服戦争

バガルユンとは国力差があるのでタイマンなら特に負けることはありませんでした。

 

ってことで全土占領して、

全土占領

全土占領

和平しました。

第一次バガルユン戦和平

第一次バガルユン戦和平

とりあえず陸路でのルート確保と金の産出地の確保を意識して領土を取ったら国境線が汚くなったけど、どうせ全部取るつもりなのでいいよね。

第一次バガルユン戦後の国境線

第一次バガルユン戦後の国境線

 

第二次バガルユン征服戦争

1639年7月1日、停戦明けを待ってまた宣戦布告しました。

第二次バガルユン征服戦争

第二次バガルユン征服戦争

なんかアユタヤと同盟してるらしいです。

ってか併合されたはずなのに復活してるしw

 

ちなみに両国とも死にかけの国家なので、特に抵抗もなく全土占領。

 

まずアユタヤから和平しましたが、領土は国境が離れていて管理が面倒なので取らずに賠償金とか交易力をもらいました。

アユタヤとの和平

アユタヤとの和平

バガルユンは全土併合できると思いましたが1プロヴィだけ戦勝点が足りなくて出来ませんでした。

バガルユンとの和平

バガルユンとの和平

ってことでバガルユンはこのバンガって島で1プロヴィ国家になりました。

この真ん中の黄色い島ですね。

1プロヴィ国家になったバガルユン

1プロヴィ国家になったバガルユン

 

オスマンとの同盟

バガルユンとの同盟破棄後、まともな同盟先がいなかったのですが、やっといい感じの同盟先が見つかりました。

オスマンとの同盟

オスマンとの同盟

オスマン先輩ですw

 

しかもオスマンとは結構距離が離れているのですが、宗教が同じなので婚姻まで出来ました。

オスマンとの婚姻

オスマンとの婚姻

 婚姻できると関係改善の手間が省けるので楽です。

 

それにしても、この同盟はかなり有難いです。

今後来るであろう欧州列強にたいして抑止力になると思います。

 

5つ目のアイデアグループ取得

第二次バガルユン戦後、5つ目のアイデアグループを取得しました。

5つ目のアイデアグループ取得

5つ目のアイデアグループ取得

 5つ目は人文アイデアを取りました。

反乱が鬱陶しかったので、取ってみた感じです。

 

第三次バガルユン征服戦争

1659年1月1日、これまた停戦明けを待って宣戦布告しました。

第三次バガルユン征服戦争

第三次バガルユン征服戦争

アユタヤが参戦するのも前と一緒で、戦争の経過もほぼ前と同じでした。

 

今回もアユタヤから先に和平しましたが、今回は領土を割譲しました。

下の画像真ん中のメルキーってとこですね。

アユタヤからメルキーを割譲

アユタヤからメルキーを割譲

ここに要塞建てれば大陸から来る敵を足止めできるかなぁと思って取ってみました。

 

で、この後バガルユンを併合しました。

バガルユン併合

バガルユン併合

 

マラヤに変態!

後はボルネオ島を取るだけだ!って思っていたのですが、、、

マラヤ形成条件達成!

マラヤ形成条件達成!

なんかマラヤが形成できるようになってました。

 

先の戦争でスマトラ島を征服したので形成条件を満たしたみたいです。

 

ってことでポチっとな!

マラヤに変態!

マラヤに変態!

マラヤになりました!

 

 

第一次ブルネイ征服戦争

その後、ブルネイが持っているマラヤ領取得のため、1683年9月1日、クメールとルソン島にあるトンドという国と共にブルネイ、リゴール、スールー同盟に宣戦布告しました。

第一次ブルネイ戦開戦

第一次ブルネイ戦開戦

ブルネイとは戦力的にはほぼ互角でしたが、こちらには収入的に余裕があったので、今回は傭兵を多用しました。

ブルネイ戦開始前の収入

ブルネイ戦開始前の収入

傭兵の雇用

傭兵の雇用

 

戦争の経緯

陸上戦については数回の敗北はあったものの、概ね有利に進めて占領地を増やしましたが、海戦で敗北寸前まで追い込まれました。

開戦で敗北寸前

開戦で敗北寸前

相手の倍の隻数で始めましたが、何故か一方的にやられました。

で、この海戦で敗北する寸前に和平しましたw

第一次ブルネイ戦死傷者数

第一次ブルネイ戦死傷者数

第一次ブルネイ戦戦果

第一次ブルネイ戦戦果

戦果はブルネイからマラヤへ2プロヴィ、リゴールからクメールに1プロヴィ割譲させました。

 

一応戦争には勝ちましたが、死傷者と失った船は圧倒的にこちらの方が多いですね。

人的資源も尽きていますし、船もかなり失ったので再建が大変そうです。

 

6つ目のアイデアグループ取得

第一次ブルネイ戦後、6つ目のアイデアグループを取得しました。

6つ目のアイデアグループ取得

6つ目のアイデアグループ取得

6つ目は統治アイデアを取りました。

傭兵関係の費用軽減が、この後結構役立った感じがしてます。これは割といい時期に取れたかなぁと思いました。

 

クメール=ラーンナー防衛戦争

ブルネイとの停戦中に同盟国のクメールがラーンナーに宣戦布告されました。

クメール-ラーンナー防衛戦争

クメール-ラーンナー防衛戦争

この戦争はこちらに来た敵を追い払うくらいでかなり受け身で戦ってましたね。

この後ブルネイ戦をしたいので、被害を押さえるように戦ってました。

 

で、この戦争中に今度はトンドが宣戦布告されました。

トンドが宣戦布告される

トンドが宣戦布告される

流石にこの状態でカスティーリャと戦う余裕はないので参戦拒否しましたw

 

クメール=ラーンナー戦和平

この後、クメール=ラーンナー戦が終わりました。

クメール=ラーンナー戦和平

クメール=ラーンナー戦和平

だいぶ攻められていた感じがするのですが、なんか勝ったみたいですね。

良かった良かったw

 

第二次ブルネイ征服戦争

1697年11月2日、ブルネイとの停戦明けを待って再度宣戦布告しました。

第二次ブルネイ征服戦争開戦

第二次ブルネイ征服戦争開戦

今回は海軍の再建が間に合っていないので、基本的に陸戦のみでケリを付けました。

 

ブルネイは、前回領土を奪ったこともあってかなり弱体化しており、今回はあまり苦戦することはありませんでした。

第二次ブルネイ征服戦争死傷者数

第二次ブルネイ征服戦争死傷者数

第二次ブルネイ征服戦争和平

第二次ブルネイ征服戦争和平

ということで、6プロヴィ程割譲して和平しました。

 

あと1戦で全てのマラヤ領を回収出来そうです。

 

第二次クメール=ラーンナー防衛戦争開戦

先の戦争後すぐにクメールがまたラーンナーに宣戦布告されました。

第二次クメール=ラーンナー防衛戦争開戦

第二次クメール=ラーンナー防衛戦争開戦

今回もほぼ傍観していたのですが、クメールがボコボコにされてました。

 

後半90部隊くらいの敵がこちらに攻めてきましたが、本格的に侵攻される前にクメールが和平したので何とか助かりました。

 

で、この戦争の結果、クメールはかなりの領土を持っていかれたみたいです。

第二次クメール=ラーンナー防衛戦争和平

第二次クメール=ラーンナー防衛戦争和平

 

第三次ブルネイ征服戦争

1715年6月2日、今回も停戦明けを待って宣戦布告しました。

第三次ブルネイ征服戦争開戦

第三次ブルネイ征服戦争開戦

まあ、この戦争はほぼ消化試合なので一歩的に占領して、ボルネオ島スラウェシ島の領土を割譲できる戦勝点を貯めたところで和平しました。

第三次ブルネイ征服戦争和平

第三次ブルネイ征服戦争和平

 

これで一通りマラヤ領の回収が完了しました!

 

 

あとがき

今回やっとマラヤになって一通り領土も獲得しましたが、本当は1600年代には完了させておきたかったので、かなり遅れてしまった感じがあります。

 

ここから目標のヨーロッパ領土の獲得が出来るかどうかは分かりませんが、やれるところまでやってみようと思います。

 

 

ということで、今回はここまでです。

 

 

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以上